ST/言語聴覚士

失語症の症状前編:表現するちから

失語症の患者さんは、何をおいても
「うまく話せない」
という症状に最も悩まされます。
ただ、一口に「うまく話せない」と言っても、
特徴や原因は、実は同じではありません。

今回は、失語症の症状の中でも、特に
「話す」や「書く」といった、表現するちからについてまとめてみました。

失語症における、表現のトラブルは、大きく2つにまとめられます。
①出てこない
②間違える
の2つです。

◎ことばが、出てこない
・目の前にある物
・このことを言いたい
ということについて、
イメージとしてはわかっているのに、言葉にならないということです。

この「ことばがパっと出てこない」ことを喚語困難といいます。
失語症が相当よくなっても、
この「喚語困難」は、なかなか消えないという方が多くいらっしゃいます。
また、一見すらすらと話せているように見えても、
実は、内面的には、かなりのエネルギーを消費しているということもあり、
「つまっていないよ」という感想は、的を射ない場面も少なくありません。

◎言い間違える
話をした際、思っていたことばと違う言葉になってしまうことで、
「錯語(さくご)」と言いますが、大きく2種類に分けられます。

①語性錯語(ごせいさくご)
ことばその物を間違えてしまうことです。
「リンゴ」と言おうとして「バナナ」と言ってしまったり、
奥さんの名前を言おうとして娘さんの名前を言ってしまったり。
あるいは、「70歳」と言おうとして「20歳」と言ってしまったり。
語性錯語は、ごく近い意味のところで間違えることもあれば、
まったく関連のなさそうなことばに間違えることもあります。

ここで、注意するべきは「数字の錯語」です。
先の例に挙げた、「70歳」を「20歳」と言い間違えるパタンなどは、
周囲の人々は、「ボケちゃったんじゃないか?」とか、
「そんなサバ読んで」と笑ったりしがちですが、
実は当の本人としては年齢を間違えて認識しているわけではありません。

「リンゴ」と「バナナ」の例でもそうですが、
錯語は、本人は気づかずにいる(正しく言っていると思っている)ことが多く、
誤りを指摘しても「え?そんなこと言った?」とびっくりされる場合もあります。

この場合、いちいち指摘するのが良いのか、
スルーするのが良いのか悩むところではありますが、
ワタクシがよくご家族にお願いしているのは
「必ずしも、訂正しなければならないということはない」ということです。

ただ、会話をしていて、聴いている側が「わからない」と感じたり、あるいは内容に不安を感じるような時は、
曖昧にせず。ちゃんと確認することが大切です。
「おそらくこういうことだろう」で済む場合は良いですが、
大事な話をするときなどは、間違いがないか丁寧に確認したり、
あるいはメモ書きなどで一部文字化してお見せすると、確認しやすいと思います。

②音韻性錯語(おんいんせいさくご)
これは、音の並びを間違える言い間違いです。
「リンゴ」と言いたいときに『シンゴ』と言ってしまうなどがこれに当たります。

この音韻性錯語も、ご自身がどう間違えたかはしっかり認識できないことが多いですが、
「うまく言えていない」という感覚は強くあります。
さらには、正しく言えていても「違っているような気がする」と感じることも多く、
あれこれと言い直したり、修正しようとしたりすることがあります。

これらの言葉の症状は、話す側も、聴く側も戸惑いが大きく、
「話す」ことのモチベーションを大きく損なわせてしまいます。
ただ、「わかったつもり」で適当に返事をするのは、一番よくありません。
「わからない」と伝えることも伝えられることも、辛いことではありますが、
「わからなかった」ことを共有するということも、大切なコミュニケーションだと思っています。

「こういうことがある」
「こういうことが、できないことがある」

ということを、お互いに共有することで、
失敗体験も含めて、向き合っていくことが大切です。
焦らず、急がず、ゆったりと。
失語症者とのコミュニケーションの、基本です。

ABOUT ME
ひび たかまさ
1981年11月生まれ。 言語聴覚士、旅行介助士、公認心理師、お寺の副住職、消防団員、合唱指揮者。病院勤務時代、第3子の誕生を期に5か月の育児休暇を取得。大いに自らの価値観が見直されるきっかけになった。 2022年、病院を退職し、個人事業として開業。病院・訪問リハビリ・塾講師などを兼務しながら、失語症者の支援が自分の主な役割だと感じている。
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